大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和47年(ワ)724号 判決 1973年10月15日

原告

沼沢勇一

外三名

右四名訴訟代理人

工藤勇治

外三名

被告

木下忠

主文

一、被告は原告沼沢勇一との間において、別紙第一物件目録記載の土地内に五〇ホーン以上の音量を侵入させてはならない。

二、被告は原告沼沢勇一に対し三〇〇、、〇〇〇円、原告沼沢節に対し二〇〇、〇〇〇円、同うめに対し三〇〇、〇〇〇円、同美紀に対し一〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四七年一二月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、この判決の主文二項は仮に執行できる。

事実

(原告ら)

第一、申立て主文一、四、五項同旨のほか、被告は原告沼元勇一に対し七〇〇、〇〇〇円、その余の原告三名に対し各五〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(被告)請求棄却。

第二、請求の原因

一、原告沼沢勇一(以下原告勇一という)は、別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という)および別紙第二物件目録記載の家屋(以下原告宅という)を所有し、ここに昭和四六年末より居住している満四〇歳の男子であり、原告沼沢節(以下原告節という)、同沼沢うめ(以下原告うめという)、同沼沢美紀(以下原告美紀という)は、原告第一の家族で、同原告と共に原告宅に居住する女子で、その年令は、それぞれ満三三歳、六五歳、九歳である。

二、原告らは、昭和四六年末より、自然環境に恵まれた本件土地上で平穏な生活を享受して来たが同四七年三月被告が本件土地西側に隣接する習志野市藤崎四丁目五五二番二八および三六の土地上に建坪約59.5平方米の鉄骨バラック造の家具製造工場(以上被告工場という)を建築し、操業を開始したので、この工場より出る騒音のために平穏な生活を著しく侵害されるに至つた。

三、被告の右侵害行為には、次のような事情が存するから違法である。

1、(本件土地の地域性)

イ 本件土地周辺は都市計画法九条一項にいう第一種住居専用地域として良好な住居環境を保護され、建築基準法四八条一項により、特定行政庁において、低層住宅に係る良好な住宅環境を害するおそれがないと認め、或は公益上やむを得ないと認めて、許可しない限り、家具製造工場などを建築し得ない地域である。

ロ また本件土地周辺は、習志野市公害防止条例四条、同施行規則により、被告建築の家具製造工場等が発する騒音は、午前八時から午後七時までは五〇ホーン以下、午前六時から午前八時までと午後七時から午後一〇時までは四五ホーン以下、午後一〇時から午前六時までは四〇ホーン以下でなければならないと規制されている地域である。

2、(被告工場の建築、操業における違法性)

被告工場は、建築基準法に基づく建築確認を得ることなく建築された違法建築であり、また前記公害防止条例六条一項に基づく習志野市長の許可を得ることなく設置された違法のものである。

万一被告が、建築基準法、前記公害防止条例にのつとつて建築確認申請、工場設置申請を出していれば、後記のような騒音の実態からして、被告工場の設置および操業は、現在のような形ではとうてい認められるものではなかつたのである。

従つて被告の本件騒音発生行為は、被告の公法的規制不遵守から発しているもので、きわめて違法性の濃い行為である。

3、(被告工場の騒音の程度)

被告工場は、主として家具材料を製材する工場で、普通午前八時頃より午後六時頃まで操業を続けている。

その間、ほぼ連続的にそこから発している製材機、電気ドリル等の騒音は、原告宅内で五〇ホーンから七五ホーン、屋外で五五ホーンから八〇ホーンと前記規制をはるかに越えるものである。

4、(原告らの被害の程度)

被告工場よりの騒音が発すると、原告宅内ではラジオ、テレビの聴取が困難となり、読書は不可能で、休息がとれない状態となる。

特に原告うめと同美紀は、それぞれ老令、幼少のために騒音によつて神経が高ぶり、疾病にかからないとも限らない状況にある。

5、(被告の不誠意)

被告は、原告らのたび重なる抗議、市、県からの注意にかかわらず、操業を継続して現在に至つている。

ただ同四七年一〇月二四日に至つて、本件土地との境界に、ベニヤ板で約三米の高さの壁を設置したが、これは時期的に余りにも遅いうえ、防音措置としては、殆んど効用のないものである。

四、(所有権に基づく妨害予防請求)

被告は、右に述べた従前の態度からして今後も引き続き騒音を発し、原告らの平穏な生活を奪う蓋然性がきわめて高い。

ところで原告勇一は、都市計画法にいう第一種住居専用地域たる本件土地を所有し、現にその所有にかかる原告宅に居住しているものであるが、本件土地が低層住宅に係る良好な住居環境を保護された地域であることからして、本件土地および原告宅の所有権の内容には、平穏な生活を侵害されることのない権益がふくまれているとみるべきである。

従つて原告勇一は、本件土地および原告宅の所有権に基づく妨害予防請求権に基づき、前記公害防止条例の騒音規制を考慮し、被告に対し、本件土地内に五〇ホーン以上の音量を侵入させてはならない旨求める権利を有する。

五、(慰藉料)

被告は、前述のとおりの騒音を発生させ続けた不法行為によつて原告らの平穏で快適な生活を奪い、原告らに対し精神的苦痛を与えた。従つて慰藉料支払いの義務を負う。その額は前記事情を考慮すると、少くとも原告らに対し五〇〇、〇〇〇円が相当である。

六、(弁護士費用)

原告らは、被告に対し再三にわたり騒音発生の防止を求めたが、被告がこれに応じなかつたので、やむなく同四七年四月九日付で習志野市長に対し、被告工場の騒音が法規に定める基準以内になるよう指導することを求めた、習志野市は、原告の右要請に応じて被告から事情聴取をしようとしたが、被告はこれに応ぜず、また建築指導行政は県の管轄であるからという理由で、それ以上の措置をとつてくれなかつた。

そこで原告らは、同年八月一七日付で千葉県建築審査会に対し千葉県における違法建築放置による不作為につき審査請求をしたが、同年一一月一六日付で却下された。

原告勇一は、自らの権利を守るには民事訴訟に踏みきらざるを得ないことを知り、それについては弁護士の力を借りるより仕方ないと考え、本件訴訟を原告ら代理人らに委任し、着手金として一〇〇、〇〇〇円支払い、報酬として同額を支払う契約をした。右合計二〇〇、〇〇〇円は、被告の前記不法行為によつて同原告の蒙つた損害である。

七、(結論)

以上の理由により、被告に対し、原告勇一は、所有権に基づく妨害予防請求として本件土地内に五〇ホーン以上の音量を侵入させてはならないことおよび前記不法行為による損害金七〇〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い、その余の原告ら三名はそれぞれ前記損害金各五〇〇、〇〇〇円および各金員に対する右に同じ遅延損害金の支払いを求める。

第三、答弁

一、請求原因一の事実を認める。

二、同二のうち被告が家具製造工場を経営していることを認め、その余を争う。

三、同三ないし七を争う。

第四、証拠<略>

理由

一請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二同二のうち被告が家具製造工場を経営していることは当事者間に争いがない。

同二のうちその余の事実は、原本の存在および<証拠>によつてこれを認めることができる。

三(請求原因三の事実について)

1、<証拠>によると、本件土地周辺は第一種住居専用地域と定められていることが認められる。そして第一種住居専用地域は低層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定められた地域であり(都市計画法九条一項)、第一種住居専用地域内においては、住宅、学校、図書館、養老院、託児所、公衆浴場、診療所、巡査派出所、公衆電話所その他これに類するもの以外の建築物を建築してはならない(但し特定行政庁が低層住宅に係る良好な住居の環境を害するおそれがないと認め、又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合においてはこの限りでない。建築基準法四八条一項)。

また<証拠>によると、習志野市公害防止条例四条、同条例施行規則別表第一の5(騒音に係る規制基準)により、第一種住居専用地域においては昼間(午前八時から午後七時まで)五〇ホーン、朝夕(午前六時から午前八時までおよび午後七時から午後一〇時まで)四五ホーン、夜間(午後一〇時から翌日午前六時まで)四〇ホーンをこえる騒音を発してはならない旨規制されていることが認められる。

2、原本の存在<証拠>によると、被告工場は建築基準法に基づく建築確認を得ないで建築した違法建築物であり、千葉県知事は同法九条一項により同四八年一月二日付で、被告に対し同年二月一日以降被告工場の使用を禁止する命令を出したこと、また被告工場は前記公害防止条例六条一項による習志野市長の認可を受けないで設置した違法な工場であり、同市長は、被告が右使用禁止命令を受けた後も右命令に従おうとしないので、同条例一三条三項に基づき同四八年五月二八日付で被告に対し同年六月一日から被告工場の操業を停止することを命じたことしかしその後も被告は右操業停止命令に従わないことが認められる。

3、(騒音の程度)

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(イ)  被告工場には、同四八年四月九日当時、①軸直角鑿機(ドリル)、②自動一面カンナ盤、③飯田HB―一二型手押カンナ盤、④横切盤(丸ノコ盤)、⑤超仕上カンナ盤、⑥昇降傾斜盤(丸ノコ盤)が各一機(計六機)が設置され、右①を除く五機は前記公害防止条例による騒音規制対象機械であり、また右⑥は騒音規制法による規制対象機械である。

(ロ)  被告工場が操業し、これら機械が作動すればその発する騒音は被告工場の東側に隣接する原告宅に及ぶのであるが原告宅と被告工場との敷地境界線上には同四七年一〇月二三日までは厚さ一〇〇粍、高さ一三〇糎のブロック塀が設けられており、同年一〇月二四日からは右ブロック塀上に厚を一〇粍、高さ一九〇糎、長さ10.6米のベニヤ板が設けられ、敷地境界線から被告工場および原告宅までの距離は、いずれも約五〇糎である。

(ハ)  習志野市民生部公害課の係員が同四八年四月九日に原告勇一および被告の立会いの下に被告工場の発する騒音の音量を測定したところ次の結果が得られた。

各機械中騒音レベルと使用頻度の共に高い前記④と②を単独運転させて敷地境界線上の前記ベニヤ板上およびベニヤ板中央において被告工場の窓を開閉して測定したとき、④においてはベニヤ板上で窓開の場合七八ホーン、窓閉の場合六五ホーン、ベニヤ板中央で窓開の場合七〇ホーン、窓閉の場合六九ホーン、②においてはベニヤ板上で窓開の場合八〇ホーン、窓閉の場合七五ホーン、ベニヤ板中央で窓開の場合七六ホーン、窓閉の場合七四ホーンであつた。

また通常作業音を、敷地境界線の被告工場側において、窓閉の場合、三〇分毎にデジタル騒音計で測定すると、午前中は八〇ないし六三ホーン、午後は六三ホーンないし五六ホーンであつた。

原告宅で被告工場の窓閉の場合、通常作業者は、一階では五二ホーン(原告宅の窓開)ないし五〇ホーン(同窓閉)、二階では六七ホーン(同窓開)ないし五四ホーン(同窓閉)であつた。

なお右測定時の通常作業音の程度は、ほぼふだんのとおりであつたが、ただデジタル騒音計による測定では午後から測定員不在のため参考程度の価値しかなく、②の機械は、削る板の厚さにより音量が変化する。

(ニ)  音質は、一つはガラガラと雷のようであり、一つはオーンと鳴つて身が縮むような大きな音である。

(ホ)  騒音を発する時間は、被告工場の作業開始(通常午前八時ないし九時頃)より作業終了(午後五時頃)まで、昼休みもなく原告居宅内に流入し、日曜祭日も必ずしも休むわけではなく平日同様の作業をすることもあつた。

(ヘ)  作業内容は、特に前記のような音質の騒音レベルの高い作業が多く、連日右の騒音が響くことがしばしばであつた。

4、(原告らの被害の程度)

<証拠>によると次の事実を認めることができる。

原告勇一は、原告うめの余生を考えて同四六年一〇月二四日頃田園ののどかで静な環境にある本件土地を購入して居宅を建築し、一家で移転したものであるが、翌四七年三月頃には被告工場が建築操業され、原告らは原告宅にいながら工場内にいるような騒音を浴び、落着いて読書することはできず、休息もとれず、特に騒音が始まるとテレビの聴取が困難であり、原告宅に居られないような有様であり、原告うめにあつては、同四七年一二月に高血圧で倒れた後、騒音がひどい時には体の具合が悪くなり、原告美紀にあつては、オルガンに全く手をつけないようになつていて、原告らの平穏で快適な生活は継続的に侵害され、転居まで考えるようになつた。

5、(被告の不誠意)

<証拠>によると、被告は、原告らのたび重なる抗議やお願い、千葉県、習志野市からの注意、使用禁止命令、操業停止命令に拘らず、被告工場の操業を継続しており、前認定のベニヤ板の塀の上のせ(これは、防音措置としてさして効果がなかつたことは前認定の音量測定の結果から明らかである)のほかには、原告らの苦痛を和らげようと努める誠意を全く示したことがなく、同四七年九月に較べると、現在は機械(従つて仕事の量)を増やしており、原告うめのお願いに対しては、気にするからだと言つたり、どなつて追い返したりし、原告勇一の抗議に対しては工場を八千代市に移転すると言つたこともあるが、その後一向に移転しないことが認められる。

以上の事実からすれば、被告に故意または重大な過失のあることを充分推認できる。

四(違法性(受忍限度)について)

1、以上認定したところによれば、被告は被告工場を操業することにより原告らの平穏で快適な生活を継続的に妨害していることは明らかであるが、このような生活利益の侵害も、健全な社会通念に照らし一般人が社会生活をする上で受忍するのが相当であると考えられる範囲を越える場合には、右受忍範囲を越えた限度において、被告の操業行為は違法のものというべきである。

2、一般に生活妨害における被害者の受忍すベき限度を判定するに当つては、所謂公害について公法上の基準を設けている地域にあつては、私法上においても原則として右基準に従うのを相当とする。

習志野市においては前記公害防止条例およびその施行規則をもつて前記認定のとおりの騒音規制の基準が定められているところ、公害対策基本法九条に基づき同四六年五月二五日閣議決定により設定された環境基準によれば、第一種住居専用地域においては昼間四五ホーン以下、朝夕および夜間四〇ホーン以下と定められている。このことと前認定の諸般の事情を合わせ考えると、前認定の習志野市公害防止条例の基準より加重して受忍限度を定めることは考えられるけれども、これより軽減して定めなければならない特段の事情は、これを認めるに足る証拠がない。

騒音は、これを長時間聞いていると安眠の妨害、会話、通話の妨害、注意力の低下、作業能率の低下、不快感や焦燥感の発生、聴力障害、新陳代謝機能の喪失など人間になんらかの肉体的、心理的悪影響を及ぼすが、その影響は感覚的なものが大きいところから単純に騒音レベルのみで一率にきめることはできないけれども、一般的には、そのレベルが五〇ホーンをこえると呼吸数・脈はく数が増加し脳波の波ブロッキングが現われ、五五ホーンから六〇ホーンをこえると尿中ホルモン量や血液成分に生理的変化が現われ会話妨害度が顕著(聴取明瞭度七〇パーセント以下、会話可能距離二米以下)となり、日常生活にあつては五五ないし六〇ホーン以上になると睡眠妨害、胃の不調、食欲不振、頭痛、耳鳴り、血圧上昇、心悸亢進などの情緒的身体的影響が現われるとされている。

以上の事実を総合勘案すれば、本件土地における騒音の受忍限度は、前記習志野市公害防止条例および同施行規則の定めている基準のとおり、昼間五〇ホーン(その騒音の測定点は音源の存する敷地の境界線上)までとするのが相当と認められる。

五(原告らの損害賠償請求について)

1  慰藉料 原告勇一、同節各二〇〇、〇〇〇円、原告うめ三〇〇、〇〇〇円、原告美紀一〇〇、〇〇〇円

以上認定のところから被告工場で操業が開始された同四七年三月から現在に至るまで被告工場から流出する音量は原告らの受忍すべき限度をこえて原告らの生活を継続的に妨害していることは明らかであり、このような受忍限度をこえた生活妨害が継続することにより原告らが過去約一八箇月間において多大の精神的苦痛を受けたことは充分推測できることである。

本件にあらわれた一切の事情を総合斟酌すると、原告らの蒙つた右の精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告勇一、同節各二〇〇、〇〇〇円、同うめ三〇〇、〇〇〇円、原告美紀一〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

2、弁護士費用 原告勇一 一〇〇、〇〇〇円

<証拠>によると、原告勇一は、家族とともに本件騒音に苦しみ、被告との間でたび重なる交渉をした外習志野市、千葉県へたび重なる陳情、善処方要望や審査請求をしたが、いずれも実効なく、やむなく差止めを求める本件訴訟を決意し、原告ら代理人らに委任するに至つたことが認められる。

右の事実、本件訴訟の経過およびその難易、その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、弁護士費用として一〇〇、〇〇〇円は、被告の被告工場操業による本件生活妨害(不法行為)と相当因果関係のある原告勇一の損害として、被告に賠償させるのを相当と認める。

3、そして本件訴状副本が被告に送達された日が昭和四七年一二月二七日であることは、記録上明らかである。

4、よつて原告らの損害賠償の請求は、被告に対し原告勇一が慰藉料二〇〇、〇〇〇円と弁護士費用一〇〇、〇〇〇円、合計三〇〇、〇〇〇円、原告節が慰藉料二〇〇、〇〇〇円、原告うめが慰藉料三〇〇、〇〇〇円、原告美紀が慰藉料一〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する各不法行為の後である昭和四七年一二月二八日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当と認められるから、この限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

六(所有権に基づく妨害予防請求について)

前記のような違法な生活妨害が将来にわたつて継続するであろうことは以上の認定事実から充分推測できるところであり、このような場合、すでに発生した損害を加害者に賠償させることに較べて、継続的な損害をもたらす違法な生活妨害そのものを受忍範囲をこえた限度で停止させることは、被害者の救済として、より重要なことである。

原告勇一は、本件土地所有権に基づく妨害予防の請求をしているのであるが、直接土地に対する妨害でなく騒音によつて右土地上に居住する者の生活に対する侵害が加えられた場合であつても、土地所有権が土地の上下に効力を及ぼす包括的所有権制度のもとでは、これを当該土地所有権の妨害としてとらえることができる。

右の如き生活妨害に対する土地所有権に基づく妨害予防請求については、1、右生活妨害の程度が受忍限度をこえ、2、このような妨害が将来にわたつて継続することにつき高度の蓋然性があり、3、妨害者が被害防止のために相当の努力を払つた形跡もなく、4、妨害予防によつて妨害者の蒙むる損害の大きさと妨害行為の社会的有用性が妨害予防によつて得られる請求者の利益と比較衡量して、より価値のあるものでない場合には、右生活妨害を受忍限度までに差し止めることを妨害者に要求することができると解すべきである。

右1ないし3についてはすでに認定したところにより明らかであり、4についても、被告工場は家具製造工場であることが当事者間に争いがないから、その操業により家具材料に対する社会的経済的需要を一定の限度で満たす活動をし、被告に一定の利潤をもたらしていることは明らかであるが、前認定の諸事実からすれば受忍限度を越える騒音を出しながら右工場を操業することは権利の濫用と認めざるをえず、これを操業させることが、生活妨害を受忍限度までに差し止める利益(差し止めたところで原告らの苦痛はなくならないのであつて、原告らが被告のために右苦痛を受忍するほかないところの限界点が五〇ホーンなのである)と比較して、より価値があるとは、到底解することができない。

そうだとすると、本件において原告勇一が被告に対し、受忍限度をこえることを理由に、本件土地内に、受忍限度である五〇ホーンをこえる音量を侵入させてはならないことを求める請求は、正当と認められるから、これを認容しなければならない。

七よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(木村輝武)

第一、第二物件目録<略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例